ドイツ戦で7対1で敗れ、続くオランダ戦でも3対0の完敗。ブラジルの国民、そしてメディアは歯切れの悪い終わり方に大きな落胆と怒りを示している。歴史的大敗から頭を切り替えてなんとしてもこの日は3位を勝ち取らなければならない試合だった。しかし一度切れた集中力は戻らず、主将のチアゴ・シウバが復帰してもブラジルディフェンスは再びもろくも崩れ落ちた。当然、連敗の責任は監督にあるとして試合後、プレスセンターではブラジルの記者から強い批判が飛んだ。記者たちはトゲのある声をもって、容赦なくフェリペ・スコラーリ監督に厳しい質問をぶつけた。そんなとき登場したのがネイマールだった。
ネイマールはこの日、ほかのメンバーと共にバスで会場入りすると、アップ用のユニフォームを身にまとって、ピッチに降り立った。しかしもちろん腰椎を骨折したばかり体は動かさず、ベンチからチームを見守った。
試合中には控えのメンバーに並んで観戦。ときより選手たちにアドバイスを送るなどして、サポートに回った。
しかし結果は3対0の惨敗。ブラジルは再び大勢の国民の前で期待通りのパフォーマンスを見せることができなかった。試合後、記者たちは選手たちにこそ柔らかい物腰でインタビューしたが、監督に対しては違った。戦犯の責任はフェリペ・スコラーリ監督にあるとして、強い言葉を容赦なく投げかけた。
「ドイツ戦からミスを修正するといったが、どんな修正をしたのか」
「辞任するつもりはあるのか」
「ブラジルサッカーに未来はあるのか」
「大会を通じていいプレーが全然できていなかったが、なにが問題だったのか」
フェリペ・スコラーリ監督の表情はみるみるうちに曇っていった。サッカー王国の代表の指揮を執るというのはこういうことである。勝てば絶賛され、負ければ批判の嵐に遭う。それを分かったうえでも、フェリペ・スコラーリ監督は記者たちの質問に苛立ち、そして動揺していた。
そんな中、突然、インタビュールームにある男が現れた。ブラジルの10番ネイマールである。ネイマールは「失礼します」といって記者会見に乱入すると、「ありがとうございました」と言って、 フェリペ・スコラーリ監督にハグをした。まるで「僕はあなたの味方だからね」とでも言わばかりのタイミングだった。 監督の記者会見中に選手が私服で乱入し、記者たちの質問を遮るなんて異例のことだった。
この後、 フェリペ・スコラーリ監督の曇っていた表情がすっと明るくなったのは言うまでもない。国民全員が自分に批判的でも、少なくともネイマールは自分を尊敬してくれている、と。選手としてだけでなく、気遣いのできる一人の人間としてのネイマールの姿が垣間見れる感動のシーンだった。