開幕してまだまもないブラジルワールドカップ。しかしおそらく後にも先にもこれを凌ぐ感動的なシーンはないのではないか、として早くも一枚のある写真が世界中から絶賛されている。もちろん「コートジボワール戦の日本サポーターのマナー」も十分に感動的だった。しかしそれを凌ぐほどの感動のシーンがオーストラリア対チリの試合で生まれていたのだ。
素敵なこの物語の主人公はオーストラリア代表のマーク・ブレッシアーノ。34歳のベテランMFだ。チリとの試合に向け、ピッチに登場したマーク・ブレッシアーノはほかの選手同様子供を連れて入場した。この少年は足が不自由だった。そのため少年は松葉づえを付いて、なんとか憧れの選手の歩みに合わせて入場しようと必死にコート中央に向かった。トンネルを抜け、世界中のスポットライトを浴びて、何万人もの人々が集まった巨大なスタジアムの中央に着くころには少年に異変が起きていた。
必死で足を動かしたからか、少年の靴ひもはすっかりほどけていたのだ。異変といってもほかの子供たちにとってはなんてことのない事態だろう。タイミングを見計らって結べばいいだけである。しかし松葉づえをついていた少年にはそれができなかった。松葉づえを一度落とせば倒れてしまい、自分の力で起き上がるのも一苦労である。大勢の観客の前だけに目立った行動だけはしたくない。そんな彼の気持ちを察したのか、34歳のベテランMFは国歌斉唱が行われる大事な瞬間にも関わらず自らかかみこんで、靴ひもを結んであげた。緊張と興奮の中に立たされながらも、少年の靴ひもに目がいくマーク・ブレッシアーノの気遣いといったら尋常ではないだろう。ただ、靴ひもを結んであげただけ。それだけのことなのに、どこか彼の人間性までをも表すような出来事だった。