ブラジル人ですらほとんど知らないネイマールの父親のサッカー選手時代

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生まれたときからネイマールが特別な才能を持っていたのには大きな理由がある。それは父親がプロサッカー選手だったからだ。ほとんどメディアで報じられることはないが、ネイマールパパもまた現在のネイマールのようにボールを必死に追いかけていた若かりし時代があった。



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プロといえど、ブラジルでは全国レベルのトップ選手と地方の小さなクラブの選手とではレベルにも給料にも雲泥の差がある。ネイマールパパはどちらかといえば後者である。ネイマールパパが所属していたのはマットグロッソ州の田舎町ヴァルゼア・グランデのチーム、オペラリオ(マットグロッソ・ド・スル州のオペラリオとは別のチーム)、現在同州選手権2部に所属する小クラブだ。

1997年、オペラリオはマットグロッソ州選手権で優勝を果たした。そのとき、ネイマールパパはレギュラーとして活躍し、チームに大きく貢献した。当時のクラブ会長であり、ネイマールパパを知るマニーニョ・ジ・バッホス氏は、「(ネイマールとネイマールパパの)二人はスタイルが違う。二人とも上手いが、ネイマールの父のほうが気持ちの落ち着いた選手だった」と指摘している。

ネイマールパパはチームを牽引するストライカーになるべく1997年8月オペラリオに移籍してきた。カセレンセとのチームデビュー戦では1ゴール、1アシストの活躍を見せ、いきなり実力を発揮。大事な試合で結果を残す辺りは今のネイマールと似てなくもない。しかし息子のネイマールと比べるとやはり存在感に欠けていた。メンバー一同が大事なデビュー戦の開催地にバスで向かっていた道中、ネイマールパパは途中の休憩所で一人置き去りにされてしまったという。バスはそのまま発車し、30キロほど走ってからネイマールパパがいないことに気づき慌てて来た道をUターンした。チームに置いていかれても気づかれないほど地味だったのだ。

マニーニョ・ジ・バッホス元会長はネイマールパパとの出会いについて次のように語っている。「補強する選手を探すためにパラナグアの試合を見に行ったら、相手チームで彼がプレーしていて、すばらしいプレーを見せた。彼はその試合でゴールをマークしたんだ。試合後、オファーを出したらサントスに住んでいる家族に聞いてからじゃないと決断できないって言われたよ」。

今のネイマールもそうだが、ネイマールパパもまた家族のことを一番に考える男だった。息子のネイマールが生まれたのは1992年のことだから当時5歳だったネイマールが試合や遠征で家を留守にする父親とあまり時間を過ごせなかったのは想像に難しくない。スペインにまで家族全員を連れて移住する背景にはこういった事情があるのだろう。

「後日(ネイマールパパ)彼が電話してきて、家族を連れて行ってもいいか聞いてきたんだ。私は全員連れてきてもいいよと言ったよ」とマニーニョ・ジ・バッホス元会長。ネイマールパパのこの移籍をきっかけに息子ネイマールは少年時代の少しの間をマトグロッソ州の田舎町で過ごすことになる。ネイマールパパはオペラリオでは移籍した年に優勝を果たしたが、その後プロとしては大きな功績を残せなかった。しかし時を同じくして息子ネイマールは父から受け継いだサッカー選手のDNAを武器にメキメキと頭角を現していったのだ。